連載「新・定番論」
Vol.3 LOWERCASE 梶原由景 編
edit&text_Yukihisa Takei photo_Ko Tsuchiya
クリエイティブ・コンサルティングファームLOWERCASE(ロウワーケース)を主宰するクリエイティブディレクターの梶原由景さんは、[PORTER(ポーター)]や[SEIKO(セイコー)]といったブランドとのコラボレーションワークやブランドコンサルティングなどを手掛ける一方、独自の目線とリサーチによるファッションからガジェット、そして食に至るまでの幅広い“目利き”としても知られています。 今回の「新・定番論」は、ほんのり毒のある語り口の中に、「自分にとっての良いもの」をハッキリとジャッジする姿勢が垣間見える梶原さんに聞く長年の定番品と、最近の新定番。即席めんから[ROLEX(ロレックス)]まで見通す、梶原さん流の定番観とは。
“変わらないことにも価値があるけど、変わっていける余地があるものにも定番としての価値があると思います。”
[梶原由景 長年の定番3品]
その1[ループウィラー]のスウェット
“初めて着た時に「こういうことか」と分かって以来、その虜に。”
この10年ほど、梶原さんの中で定番になっているのは、日本の[LOOPWEELER(ループウィラー)]のスウェット。吊り編み機を使った昔ながらの製法を大切にしながら、パーマネントな魅力のあるスウェットを送り出しているブランドですが、梶原さんは「失礼ながら最初は興味がなかった」そうです。
「僕の中では長年スウェットといえば[Champion(チャンピオン)]のリバースウィーブの古着あたりで問題ないと思っていたので、[ループウィラー]の人気は聞いていたけど、特に興味がなかったんです。10年くらい前に代表の鈴木(諭)さんにお会いして、しばらく後に『ぜひ一度着てみて欲しい』と言われて一着プレゼントして頂きました。正直最初は『着た感想言ったりするのが面倒だな』くらい思っていたのですが(笑)、実際に着てみて『こういうことか』と分かった。それ以来、年に何着も買ってしまうほどの自分の中の定番で、コラボレーションもしていただくようになりました」
梶原さんが感じる[ループウィラー]の良さは、着た瞬間に馴染むようなフィット感やしなやかさと耐久性。よりロングシーズン着ていたいという想いから、通常のものよりも薄手にアレンジしたモデルをオーダーするほどに。
「これが10年前にいただいたものですけど、全然ヘタらない。たぶん大事に着れば一生だって着られると思うんです。一生でも着られるものなのに、年に何着も買ってしまうほどの抗しがたい魅力があります」
[LOWERCASE]とのコラボレーションモデルは、取材当日にも梶原さんが着用していた、冬にだけリリースする表がウールで裏がコットンの、「セーターみたいに見えるスウェット」。こちらは毎年すぐ完売するそうです。
「鈴木さんはものすごい職人気質の方で、自分が作るものに非常に厳しい分、他人にも厳しい方だと思っていたので、なるべく一緒に仕事したくなかったんです(笑)。そう思っていたら、僕とのコラボラインができないかと[EDIFICE(エディフィス)]から相談があったので、お願いしたら快諾していただきました。コラボって、そのブランドの本来の色が消えているものが多いですよね。僕は[ループウィラー]の物作りを尊敬しているので、タグに工夫して、使い込むうちに自分のレーベルの文字が消えて、インラインの一部になるようにしているんです。インラインモデルも含め、僕の中では定番であり続けるブランドだと思います」
その2 [ロレックス]のスポーツウォッチ
“着けてみて、多くの人の腕で定番であり続ける理由が分かりました。”
2つ目の定番は[ROREX(ロレックス)]。時計をコレクション的に持っている人も多いですが、梶原さんの場合は少し違うようです。
「4年ほど前に、どういうわけか[SEIKO(セイコー)]さんから僕に時計のプロデュースのお話をいただいて。ファッションの方面に落とし込みたいというお話だったので、『やっぱりダイバーズ系がいいんじゃないですか』とは言ったものの、僕は時計の収集癖もないし、自分は時計についてまだあまり分かっていないなと思ったんです。あらゆるスポーツウォッチの基本になっているのって[ロレックス]なので、資料を見ているだけじゃ分からないことも多いから、その時に[ロレックス]に詳しい人にアドバイスをもらいながら、何本か買いました。いざ自分で使ってみて、これが多くの人の定番になっていることが分かりましたね」
梶原さんが今回見せてくれたのは、[ロレックス]の「GMTマスター」、「デイトナ」、そして「サブマリーナ」の3本。どれも定番モデルですが、現在ではこれ以外にも数本所有しているそうです。最近購入した時よりも[ロレックス]の価格が高騰しているので、「投機のつもりじゃなかったけど、今売れば高く売れてしまう」とか。
その3 [S&B]の「ホンコンやきそば」
“「ハイ&ローだね」ってよく言われますけど、食べる行為は常に等価ですから。”
ファッションの目利きであるだけでなく、美食家で、A級からB級まで多くの名店をご存知なことでも知られる梶原さん。ファッション業界でも梶原さんの行く店は常に注目されています。その一方、高価な[ロレックス]と同じ目線で、こんな即席めんまでマイ定番として出してくれるあたりが梶原さんらしさ。
「これは子供のころからずっと食べているもの。昔は全国で売っていたけど、現在では大分と北海道でしか売っていないみたいなんですよ。僕は生まれが福岡で、中学高校だけ大分。これはあまり即席系を食べさせてくれなかった家庭の中で、おばあちゃんが作ってくれた思い出の味で、今でも食べたくなるので、里帰りのたびにまとめ買いしてくるんです。昭和のまま何もアップデートされていないパッケージもいいですよね」
大分と北海道の方以外は、存在も知られていなそうな「ホンコンやきそば」。そのお味はというと、「ソース味ってわけでもないし、薄味だけどスパイシー」なのだとか。これを食べる時は、何も足さずに、オリジナルの味を楽しむのが梶原流。
「よく食に関して『ハイ&ローだね』と言われることが多いのですが、高価で本当に美味しいものも好きだし、こういうものも好き。予約が取れない店だから美味しいわけじゃないと思うんですよ。最近の“予約が取れない店”ブームもどうかと思いますし。食って体験なので、その時々において“等価”じゃないですか。満足度も高い安いではないと思います。僕はこれが食べたいと思ったら、隣に高価な食べ物が置いてあってもこっちを食べます。藤原ヒロシさんとかもそうだと思いますけど、自分というフィルターの中では“等価”なんですよ」